阿漕荘の2人
紫子side


「香具山さん?何してるの?」

森川 素直が紫子の肩を叩く

何分もの間、道端で立ち往生していた彼女に疑問を抱いたからだ


紫子は見上げた


森川 素直は阿漕荘の二階に住む住人で
練無の学友だ


とぼけた表情にさえない目つき


森川くんのことが嫌いなわけではない


それが彼の普通の印象


デフォルトなのだから仕方がない



これ以外の顔も出来ないことはないだろうが

エネルギーが余分に消費されるのだろう


「森川くんや………ないか」



「こんばんは」



「こんばんわ」


「何してるの?」



「立ってる」



「どうしてそんな顔してるの?」



「どんな顔してるん」



「かちかち山のタヌキみたい」



「あれ、最後はどうなるん?」



「食べられるんじゃない?」



「手ぬぐいみたいな男やな」


森川が手ぬぐいなら、うちはさながらバスタオルや


つまり、それぐらい潔い男


昔、新渡戸稲造は日本人を桜の花に例えた
潔しの精神を日本人はもっているから


日本人代表者の男が森川や


まさにシンボル


まさに象徴



あ、同じ意味や



象徴と記号の違い知ってるか?



村上春樹を読めば分かるで


「ご飯食べに行かない?」



「……森川くんがうちのこと誘うなんて
珍しいなあ、明日は雪が降るなあ」


「それ普通だよ」


「どうして誘おうって思ったん?」



「お腹減って、歩けないのかなって」



「森川くん…………実はモテはりますやろ」


「イマバリますやろ?やっぱりタオルの話がしたいの?」


「今治タオルちゃう
あんたは正月にカレンダーに付いてくる手ぬぐいや」


「カレンダーに手ぬぐいが付くの?
カレンダーも銭湯に行くのかな」


「酒が飲めるとこがええな」


「お酒か………酔い潰れないでね
僕に香具山さんを担ぐ体力はないから」



「イタリアン以外にして」



「イタリアン嫌いなの?」



「今日、嫌いになった」


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