坂道では自転車を降りて
 彼女は立ち上がり倉庫に消えた。俺は気持ちを引きずったまま、逃げるように舞台へ移動した。活動を終え、舞台からの帰り際、美波が近くにいたので聞いてみる。

「痴漢にあったことある?」
「その発言、セクハラじゃない?」
そうだった。彼女は、かなりのスタイルの持ち主だ。
「あ、ごめん。そういう意味じゃなくて、真面目な話で。」
「なんで、そんなこと聞くの?」
「今朝、俺、、あー、えーっと。」
「あんた、痴漢されたの?」
「いや、俺じゃなくて、電車で近くに乗ってた子が。。かなり、ひどいことされてて、俺、何もできなくて。」
「神井くんが何もできなかったなんて、意外。知らない子でも、適当に声かけるだけで、きっと違うのに。」
「俺、寝てて、全然気付かなくて。」
「気付かなかったなら仕方ないじゃん。私はバス通学だから、それほどじゃないけど、ない訳じゃないよ。路上でだってあるしね。ラッシュの電車に乗ってくる子達は、よくあるみたいね。なんとかならないのかしらね。」
「本当だよ。なんとかならないの?」
「1人で乗らないようにしてるとか、立つ位置とか、いろいろ聞くけどね。そういえば最近はあまり聞かないな。慣れると上手く回避できるようになるんじゃない。結局は自衛手段を学ぶしかないってことね。」
「。。。。」
「それに,最近は男子も痴漢されるらしいから、神井くんも気をつけた方がいいよ。」
「俺は普段は自転車だから。」
「でも、乗り馴れてない人のほうが危ないんじゃない?」
「。。。そうなのか?」

 大野多恵は次の日にはもう何事もなかったように普通に過ごしていたので、俺も忘れる事にした。彼女達にとってはあれも日常なのかもしれない。通学電車で痴漢に遭うなんて、よく聞く話だ。彼女だけが特別な経験をした訳ではないのだ。
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