坂道では自転車を降りて
記帳が終わったので、帰る支度をする。最後だったら、戸締まりをしなければならない。なんとなく予想はついたが、一応、聞いてみる。

「帰らないのか?」
「一緒に帰ろうと思って、待ってるの。」
くすくす笑いながら答える。
「誰を?」
「神井くん。」
顔をスッと近づけてささやくと遠ざかる。デパートの化粧品売り場みたいな匂いがする。
「ふん。」
俺は戸締まりをし、部室を出た。美波がついてくる。

「ねぇ。クリスマス公演の本っていつ書くの?もう書いてるの?」
「まあ、ね。ただ、冬に公演する物語を、このクソ暑い夏に書くのは、結構しんどいから、ぼちぼちだな。去年はそれで失敗した。」
「クリスマスには、もうちょっと良い役が貰えるようにがんばるね。」
「役のイメージもあるから、上手いから主役とも限らない。脇だって大事だ。」
「でも、やっぱり舞台に長く立つ役のほうがやりがいがあるじゃない。出てすぐ引っ込む役なんて。」
 今回の役のことを言っているようだ。
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