坂道では自転車を降りて
「大野。。。。。さん。」
「なあに?」
ニコニコと優しい笑顔が返ってくる。
「そんな事ができるんだ。すごいね。俺、今までも騙されてたのかな。」
笑顔にピシリとヒビが入る。でもすぐに立て直す。

「別に、騙してなんかいないよ。それより、今度の公演、演出の方はどう?上手く行きそう?裏の方はね、もうデザインも椎名くん達に任せたんだ。4人で楽しそうだよ。もちろん、要所要所でチェックはするけどね。」
話題をあっさりすり替えられた。

「そうなんだ。」
一足早く彼女は半分引退か。
「神井くんは?もう、脚本は書かないの?」
「そうだな。書いても、使わないからな。」
「残念だなぁ。もっともっと読みたかったのに。」
だったら、書くよ。君の為に、あまりに照れくさくて、言えないけど。。

「帰ろう。乗せてよ。」
自転車の後ろに回り込み、荷台に手をかけて言った。坂は終わっていた。相変わらずの笑顔。このまま家まで走って、バイバイするのか?それでいいのか?あまりに自然で忘れそうになるけど、この笑顔は仮面だ。張り付いた仮面を剥がしたい。いや、剥がさないと。

「嫌だよ。」
俺は言った。彼女は微笑を崩さぬまま、首を傾げた。
「もっと、言いたい事あるだろ?俺に。」
「もうないよ。」
彼女は苦笑いした。
「今日はありがとう。また誘ってね。」
俺の言葉を無視して、笑顔で言う。裏方なんてやらないで女優やったら良かったのに。それに『誘ってね。』って、自分から誘う気はないと宣言しやがった。
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