坂道では自転車を降りて

 勉強は、やり始めたらそこそこ捗った。だが、ふと休んで、彼女の横顔を見下ろしてしまったのがいけなかった。そこには髪を上げた彼女の白いうなじがあった。いつもは髪に隠れて見えない柔らかそうな耳たぶ。いつだか俺がキスマークをつけたのと反対側の首筋には小さなほくろがあった。

 昨夜読んだ小説の安寿姫は、奉公中に太夫の怒りを買い長い髪を切られてしまう。白く浮き立つうなじと耳に二郎は息を飲む。今まさに俺はその心境だった。彼女のうなじから目を離せずにいると、おもむろに彼女が伸びをした。くねくねと動く腕と背中が、白く透明な脇が、俺を誘っている。彼女は俺が見ているのに気付くと、頬を赤く染めて、はにかみながら微笑んだ。俺の心臓がいきなり全力で働き始める。

 触れても良いんだろうか。大切なのは彼女が不安にならない事だ。触ったらいけないわけじゃない。恋愛だって大事だって先生も言ってた。それに彼女はもともと賢い。俺との関係が安定して、2人でちゃんと勉強し始めれば、すぐに成績は上向く筈だ。軽いスキンシップくらいなら、したほうがお互い気持ちが安定する。頭の中で言い訳がぐるぐる回る。

 あぁもぅ。だって、仕方ないだろ。俺の部屋に彼女がいるんだぞ。それもこんな可愛い格好で!髪まで結上げてきて!挑発以外のなんなんだ!なんなんだよっ!

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