坂道では自転車を降りて

「勝手に終わりにするなよ。ねぇ、こっち向いてよ。」
 彼女の肩に手をかけて、こちらへ引き寄せようと力を込めると、悲鳴が上がった。思わず手を離す。どうしろって言うんだ。
「なんで?触ったらダメなの?どうしていきなりそうなったの?」
 彼女はまた首を振った。ダメじゃないのか?ダメなのか?どっちなんだ。なんだか途方にくれてしまいそうになる。

 でも、どちらにしても俺のやる事は同じだ。俺はゆっくりと深呼吸をして気を落ち着けてから、今度はゆっくりと彼女に寄り添うように近づいて、そっと肩に触れた。彼女がビクッと飛び上がる。怯えて震えているのが解る。どうしてこんなことになったのか。俺は彼女を抱き締めた。優しく、ゆっくり、怖がらせちゃダメだ。
「多恵。こっち向いて。」
「多恵。」
「お願いだよ。」

 彼女は俺に顔を向けてはくれなかった。でも、逃げたりもしない。じっと俺の腕の中でシクシク泣いていた。どのくらいそうしていただろう。彼女は震えるのを止め、呼吸も落ち着いてきた。泣き止んだみたいだ。

「俺が抱き締めるのを待ってたの?」
彼女が頷く。
「ずっと待ってたの?なんで?どうして何も言わなかったの?」
「わからない。最初は、また抱き締めてもらえるって思ってたの。でも、なかなか抱き締めてもらえなくて。まだ怒ってるのかと思ってたけど、怒ってないようにも見えるし、だんだんよくわからなくなって。もうあきれられたのかな、どうでもよくなったのかなって。」
「そんなわけ、ないだろ。」
どうでもよくなんかないし、嫌になんかなってない。君が、怖がっていたから触れなかっただけだ。

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