有害なる独身貴族
階段のすぐ近くでおろしてもらい、「おつり、後で渡してください」とお札と小銭を渡される。
それをかばんにしまいこんで階段を上った。
夜中とは言っても、この街はあまり眠らない。
車の音はずっと響いているし、アパートの部屋も幾つか明かりが付いている。
夜だから怖い、ってこともあんまりないなと思いながら階段を上りきって、私は目を見張った。
私の部屋の前に、座り込んでいる男の人が居る。
眠ってしまっているのか、少しも動かない。
チェックのシャツに包まれた上半身は玄関扉によりかかり、両足が通行の邪魔になるほど伸ばされていて、廊下を塞いでいる。
名前を呼ぼうと思ったら、喉が詰まる。
どうしよう、と後ろを向いた時に、“逃げるなよ”という数家さん声が蘇った。
「……さん」
声を出せ。逃げるな。
ちゃんと向き合うことを恐れるな。
少なくとも、私の部屋の前にいる彼は、私を心配してここに来てくれたはずだから。
「片倉さん」
やっと出た声に、彼は身を震わせた。
顔をあげ、私を見て、また周りを見る。
「つぐみ」
「こんなところで寝てたら風邪ひきます」
「……無事だったか」
彼を立たせようと伸ばした手を引っ張られて、逆に私が膝をついた。
怪我したところを再び強打して痛かったけど、それにも増して片倉さんの温かさに安心した。
「ご、ご心配かけました……か?」
「……ホントだよ」