やさしい恋のはじめかた
「谷本さん、お先ね。とことん頑張るのは谷本さんのすごいとこだけど、あんまり根を詰めすぎないようにだけ注意してね。お肌荒れちゃうよ、せっかく綺麗もの持ってるんだからさ」
「あは、嬉しいです。ありがとうございます、堂前さん。お疲れさまです」
にっこりと人好きのする笑顔で頷き、そっとお菓子の箱を置いて帰っていくのは、女子より女子力が高いとかねてから噂の堂前彰さんだ。
彼は大海と同期で、現33歳。
大海のように強気で大胆で、それでいてインパクトのある宣伝戦略を打つ人ではないけれど、その物腰の柔らかな人柄が、テレビの画面や新聞、電車の中づり広告などからにじみ出ているような、とても癒される広告を作る人だ。
化粧品の広告を考えさせたら、堂前さんの右に出る人はいないのではないかと思う。
そこに私も参戦しようとしているのだから、今回の部内コンペはどれだけ無謀なことか、恐れ多いことか、想像がつくってものだ。
「でも、私だって……!」
財布だけ手に持ち、休憩がてら飲み物を買いに部を出ると、廊下を歩きながら拳を握る。
今から3年前、26歳になる年のときに成功させた企画一発で終わる気は、さらさらない。
堂前さんも認める企画書を作ることができたなら、少しは大海と釣り合えるかもしれない。
企画部とそう離れてはいない距離にある休憩室に入っていくと、帰社したばかりなのか、疲れた顔をした稲塚くんがタバコを吸っていた。