やさしい恋のはじめかた
モワモワと立ち上る紫煙をぼんやりと眺めている稲塚くんは、私に気づくと一瞬、この時間まで残っていることに意外そうな顔をしてから、「お疲れさまです」と軽く頭を下げる。
「稲塚くんこそ、お疲れさま。今戻ってきたばっかりなの? 直帰でもよかったのに」
「あー、主任に突き返されてばっかりのあの企画書、どうしても練り直したいんです。今度こそ首を縦に振らせてやりたいんで」
硬貨を投入してミルクティーのボタンを押しながら言えば、稲塚くんからそんな返事が返ってきて、思わず少し笑ってしまった。
大海のことを口にしたとたん、疲れた顔が一変しエネルギッシュになるのだから、衝突はあるにせよ、彼もいい刺激になっているらしい。
稲塚くんも大海と同じで、仕事に対してはとことんストイックな面を持っているから、なおさら熱も入るのだろう、大海と張り合えるだけの実力と才能を兼ね備えた稲塚くんを頼もしく思いつつも、やっぱりどこか嫉妬してしまう。
そんな気持ちを誤魔化すように、とりあえず稲塚くんに缶コーヒーを買って渡すと「もう少し休んだら一緒に頑張ろ」と笑顔を向けて、私は先に休憩室を出ることにした。
危ない危ない、私は私で勝負、だ。
自分にないものを羨んで嫉妬する暇があったら自分にしかできないやり方で仕事をモノにするしかない--稲塚くんが入社した当時、指導係として教えたことじゃないの、私。
これ以上自分を見失うわけにはいかない。