やさしい恋のはじめかた
稲塚くんが戻ったら渡そうと思っていた資料をデスクに置いて自分の企画書の続きに取りかかっていると、少しして「ご馳走さまです」と、その稲塚くんが企画部に入ってきた。
自分のデスクに向かっていく彼を呼び止め、例の資料を渡すと、思った通り、少しだけ嫌そうな顔をされて、正直ちょっと面食らう。
「主任の指示ですか? コレ」
「いや、うん……ごめん。私もちょっと気になってたものだから、稲塚くんの視野が広がってくれたらと思ったんだけどね……」
「はあー……」
クリップで留められた資料をパラパラと捲りながら淡々と聞く稲塚くんに、どうしてか言い訳がましいことしか言えない自分が情けない。
仮にも先輩で、指導係として仕事を一から教えた立場だというのに、ここのところ稲塚くんに先を越されてばかりいるからか、メンツが保てず、おまけに溜め息までつかれてしまった。
「ていうか、先輩はどうして主任の駒みたいなことばっかりしてるんですか。俺、先輩がチームリーダーとしてみんなを引っ張って作ったあの企画にすっげー感動して、いつか先輩に追いつきたいって頑張ってたのに。それが今はどうですか、後輩のアシスタントまでして……。あの頃の先輩はどこに行っちゃったんですか」
うつむき、言葉も出ないでいると、資料をやや乱暴に閉じた稲塚くんが苦々しげにそう語る。