やさしい恋のはじめかた
 
稲塚くんが言うあの企画というのは、旅行会社と航空会社とのタイアップ企画で、ざっくり言うと『空を渡ってあなただけの冒険へ出かけよう』というコンセプトのものだ。

ターゲットを20代~30代に絞り、その世代に向けて発信した“爽やかで解放感のある広告”がそこそこ受けてくれて、各方面から及第点を頂けた、私にとっての代表作だったりする。

稲塚くんは、私が企画の立ち上げからプランニング、実際の作業まで間近で見ていたし、アシストとして一緒に頑張ってくれたから、強い思い入れを持ってくれているのだろう。


……うん、そうだね。

あの頃の私はどこに行っちゃったんだろう。


「--あ、すみません、俺……」

「ううん、本当のことだから。でもね、あの企画一発で終わる気はないよ。今渡した資料のことだって、多少は指示はあったけど、私がしたいから用意したの。それに主任は部下を駒に使うような人じゃないって知ってるもんね?」


謝罪を口にした稲塚くんの言葉を遮り、気まずい空気を一掃するように、私は笑って言う。

主任とのことや外回りから帰ってきたばかりで神経が過敏になっているんだ、私よりたくさんの案件も抱えているんだし、誰かに吐き出さなきゃ、やっていられないに違いないもの。

それに、多少キツい言い方はされたものの、稲塚くんの言うことは至極当たり前だ。
 
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