やさしい恋のはじめかた
とっさに隠れることもできず、かといって店の中へ入ることもできずにドアの前で立ち尽くしていると、私と目が合った桜汰くんは驚いた様子で目を瞠り、何か感じるものがあったのか、すぐに手に持っていたハサミを置く。
そしてそのまま真っ直ぐにこちらへ向かってきたかと思うと何も言わずに静かにドアを開け、店の中へ入るよう促してくれた。
ちょっと休憩、という感じで辺りを見渡した風だったのに、それでも私を見つけてくれた桜汰くんは、やっぱり今日も私のヒーローだ。
張り詰めていた気持ちの糸がふっと緩んでいくのを感じながら、店内に足を踏み入れる。
と。
「……どうした?」
ドアを閉めるなり腰を屈めて私の顔を覗き込んだ桜汰くんは気遣わしげにそう訊ねてきて、その声があまりに優しいものだったため、口を開くより先に両目から涙が零れてしまった。
泣いているだけじゃ桜汰くんが困惑する。
そう思って、何度も何度も口を開いてみるものの、何か喋らなきゃという気持ちに反して一つたりとも言葉にはなってくれず、涙だけが溢れてはポタポタと床に染み込んでいくだけだ。
「今、温かいもの淹れてくる」
「……ごめっ、ありがと……」
「ん」
こういうとき、桜汰くんはけして、私を抱きしめたり涙を拭ったりすることはない。
私が話すまで、ただ静かに待ってくれる。
それが私たちの暗黙のルールだ。