やさしい恋のはじめかた
それは私たちがお互いに異性として意識していないことと、恋人がいるからという理由による。
といってもここ数年は桜汰くんはフリーなんだそうで、今日のこの場合は、私には大海という恋人がいるから桜汰くんは不用意に触れないように配慮してくれている、というわけだ。
……まあ、桜汰くんは私が泣く姿なんて見慣れているので、特別何も感じないと思うけれど。
桜汰くんがスタッフルームで飲み物を用意してくれている間、待合い席のソファーに移動した私は、嗚咽を抑えることなく泣き続けた。
辛いことやしんどいことがあったとき、どうしてか大海の前では強がってばかりで上手く泣けないのに、やはり10年積み重ねてきた関係によるものなのだろうか、桜汰くんの前では素直に泣けてしまう自分の矛盾さに腹が立って。
だからどうして大海の前では泣けないの……。
悔し涙も混じって、顔も心もぐちゃぐちゃだ。
「里歩子、マジで何があった?」
しばらく待っていると、ガラス製のテーブルにコト、とマグカップを置いた桜汰くんが、ちょうどソファーの正面にあるレジカウンターに片肘をつきながらそう訪ねてきた。
声の調子が幾分堅く聞こえたのは、いつもなら少しずつだけど引きはじめているはずの涙が未だにその兆候を見せないからだろう。
先輩からの風当たりがキツくて心が折れかけたときも、ミスをして落ち込んだときも、桜汰くんに話しながら泣くだけ泣いたらスッキリできたけれど、事情が事情だけに、今回ばかりはそういうわけにもいかないのだから。