やさしい恋のはじめかた
 
「これ、谷本さんに頼むね」


そう言われて企画書を見たときの驚きといったら、しばらく絶句するほどの衝撃で。

桜汰くんってタレントから指名が入るくらい有名な美容師だったの? と目玉が飛び出そうなほどの勢いだったし、堂前さんと大海は同期で仲もいいし、もしかして桜汰くんのことを聞いたのだろうかと。

堂前さんが私に頼んできた意図を変に深読みしすぎてしまい、企画書に刻まれた桜汰くんの名前から長いこと顔が上げられなかった。


ただ、堂前さんの気持ちもわからなくはない。

今年の新入社員や、まだ入社して2~3年の若い社員から集めて作られたサポートチームの中では、私は一番の年上で、経験値もそれなりにあった。

企画書には、業界最大手とも言われる化粧品メーカーの名前。

その新商品をCMからWEBからすべからく扱うとなれば、成功するのは当たり前、少しのミスも論外で、そこにはプラスアルファが当然のように求められる。


「さすがに今回は俺も神経質になっちゃってね。ここはぜひ谷本さんの力が必要なんだよ。谷本さんなら俺のやり方や考え方もよくわかってるしさ。こんな企画、滅多にお目にかかれるものじゃないし、サポートチームの若い子たちも総動員してなんとかやり切ってくれないかな?」

「……、……はい、わかりました。精いっぱい頑張ります」

「ほんと? さすが谷本さん! 頼もしいよ」

「いえ、そんな」


神経質に、なんて言いながら普段と別段変わった感じのしない堂前さんとは対照的に、そう返事をした私の声はひどく硬いものだったのは言うまでもない。
 
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