その愛の終わりに
美都子の誕生日パーティーを前日に控えたその日の夜、再び山川が東雲邸を訪れた。
使用人が慌ただしく屋敷の中と外を行き来する様子を見て、何事かと訝しむ山川に義直が薄く微笑む。
「明日は家内の誕生日なんだ」
一瞬瞠目し、山川は深いため息をついた。
「お前な、そういうことは早く言え。知っていれば手ぶらで来たりなどしなかったものを……」
「手ぶらではないだろう」
義直は山川の手に収まっている二冊の本を指さした。
彼は美都子と約束した通り、自分の愛読書を持参してきたのである。
はぐらかされてムッとした山川に小さく詫びて、義直は彼を書斎に招いた。
「お前のような美形が女に贈り物を送ったりなどしてみろ。惚れられるぞ」
「なんだ。嫉妬か」
戸棚からウィスキーを取り出していたその手が、ピタリと止まる。
その様子に山川は肩をすくめた。
「杞憂だ。お前たちは結婚しているだろう」
「それと恋愛は別物だ。違うか?」
あまりにも冷めたその物言いに、今度は山川がグラスに伸ばした手を止めた。
確かに、恋愛と結婚は別物だ。
結婚とはあくまで家と家の結びつきであり、ある一種の契約である。
そこに恋愛感情が芽生えればそれに超したことはないが、実際問題そう上手くはいかない。
特に、義直が身を置く上流階級では。
だがしかし……。
「自分が浮気をしているからといって、奥方を疑うのはよろしくないな」
切りつけるように鋭い山川の視線と言葉に、義直はまったく動じることはなかった。
それどころか、感心したようですらある。
「なぜわかった」
「お前はもともと猜疑心の強い性格だが、自分が浮気をしている時はよりそれが酷くなる。いずれ奥方にも見破られるぞ」
「成る程。良いことを聞いた」
義直はまったく悪びれる様子もなく、それどころか楽しそうに笑った。
「さて、美都子はいつ気づくかな?」
「おい……」
悪戯を仕掛けた子供のような声に、山川は脱力した。
この男との付き合いは長いが、いまだに倫理観がよくわからない。
「気づいたところで、美都子のことだ。あっさりと受け入れかねない」
顔に微笑みを張りつけてはいるが、義直の声にはわずかに苦渋が滲んでいた。
それに気づかないほど山川は鈍くはなかった。
どうやら気づいて欲しいらしい。
そして恐らく、嫉妬するなり悲しむなりして欲しいのだ。