その愛の終わりに
友人の家に遊びに行くが、その前に手土産を買うと言い、美都子はお付きの女中から離れることに成功した。
計画通り、出掛ける義直の車に同乗し、美都子が降りた場所は行き慣れた銀座である。
よく出掛ける場所なだけに、義直も女中も、なんの疑問も持たずに美都子を降ろした。
「では、晩餐の前には帰りますので」
にこやかに車を降り、美都子は早々に立ち去った。
そして死角となった街角に人力車が停まっているのを見つけるなり、義直の乗る車の少し後ろを走らせた。
遠目では自分とわからないように、風呂敷は表と裏で色が違うリバーシブルのものを用意した。
さらに、薄手ではあるが発色のしっかりしたショールを肩から羽織り、着物の色を誤魔化す。
これで、万が一振り返ったとしても自分とは気づかれないはずだ。
風呂敷の中には、今朝義直の鞄からくすねた書類が入っている。
昼は取引先と食事をし、夜は紳士達の集まりがあるとのことだ。
万が一本当に仕事なら、忘れ物に気づいて届けにきたということにすればいい。
もし愛人との密会なら、予定通り相手を調べるまでだ。
それにしても、一体どこに向かっているのか、車の速度はどんどん落ちている。
そろそろ目的地に着くのだろう。
どうやら、義直も銀座に用事があったようだ。
日吉町に入るなり、義直を乗せた車がピタリと止まった。
美都子も車を止め、賃金を支払う。
ここから先は徒歩なのだろう。義直は軽く衣服を整え、優雅に歩き始めた。
日吉町は新橋から近く、少し歩いて芸者に会いに行くという可能性もある。
尾行に気づかれないよう後ろを歩けば、あっけなく義直の目的地に辿り着いてしまった。
車を止めてすぐ目の前の白亜の建物、カフェー・プランタンに義直は入っていったのだ。
日本初のカフェーとして名高いそこは、芸者なども出入りするものの、顧客は皆一流と呼ばれる人々であると聞く。
一般人が立ち入るには敷居が高すぎる場所だ。
今日の外出は、純粋に仕事だったのだろう。
(なんだ……ただの杞憂に過ぎなかったのね)
それならば、重要な書類が無いことに気づいたら義直は焦るのではないだろうか?
忘れ物を届けにきた使用人から受け取ったということにして、義直に届けよう。
カフェー・プランタンに入ろうとしたその時、聞き覚えのある声が美都子の耳に飛び込んだ。
「奥様!」
考えるより先に、首が動く。
美都子を呼んだのは、山川雄二郎であった。