その愛の終わりに
勇み足でカフェー・プランタンに突入しようとする美都子を、山川は慌てて止めた。
「見つかりますよ!そうなったらどうお答えするおつもりですか!?」
「買い物中に我が家の使用人を見つけたので、忘れ物を代わりに届けに来たとでも言いますわ。実際に書類もくすねて参りましたの」
「どこまでも行動力のある方ですね……」
風呂敷を広げ書類をちらつかせる美都子に、山川の顔はひきつっていた。
以前の診療所への訪問といい、何かに覚醒した女性の行動力は恐ろしいものだ。
カフェーに入る入らないでまた言い合いになりかけたその時、軋む音をたてながら、扉が重々しく開いた。
美都子はビクリと肩をふるわせるも、素早く隣の建物の影に隠れた。勿論、山川を引っ張るのも忘れない。
自分はともかく、彼の容貌はかなり目立つ。
こんな整いすぎた顔の持ち主がうろついていたら、怪しいことこの上ない。
軋みながらも開け放たれた扉からは、女性の甲高い笑い声が聞こえた。
そしてそのあとに続いた言葉に、美都子は目を丸くした。
「今日は本当に楽しかったわ!またお会いしましょう、義直さん」
「楽しんでいただけたのなら何より。目が肥えているあなたを喜ばせるのは本当に骨が折れるから、そう言っていただけたらホッとしますよ」
今聴こえているのは、間違いなく義直の声だ。
それに、一緒にいる女性ははっきりと名前を呼んでいた。
「ふふ、ご謙遜なさらないで。このネックレスも、すごく気に入っているのよ?」
おそるおそる建物の陰から顔を出せば、夫と夫の腕に絡みつく女がこちらに向かって歩いてくる。
女性は美都子と同じくらいの年に見える。
彼女歩き方や話し方は一般人のそれとはまったく違い、とても優美であった。
しかし、一番に美都子の目を奪ったのは、大粒の真珠が連なるネックレスが輝く首もと。
銀座で待ち合わせたあの日、真珠専門店から出てきた義直の後ろ姿が鮮やかに蘇る。
言葉が出なかった。
ただひたすら、心臓が跳ねる音だけが聞こえた。
二人が近づいてくるのに、足がその場に埋まったかのように動かない。
棒立ちの美都子を見かねて、山川は彼女の腕を引っ張った。
山川に引きずられる形で足が動き、次第にカフェー・プランタンは見えなくなっていく。
いつの間にか人力車に押し込められ、あっという間に景色が変わっていった。
見覚えのある通りに差し掛かり、美都子はようやく山川がどこに向かおうとしているのか気づいた。