その愛の終わりに
「ここなら誰にも気兼ねしなくていい」
山川の診療所兼自宅に通され、勧められるままに椅子に座る。
淹れたての緑茶を口に含めば、その渋みとまろやかさに自然と眉間のシワがなくなった。
「やはり、いたのね。愛人」
誰に言うでもなく、ボロッと言葉が落ちてくる。
平静を保っているように取り繕ってはいるものの、まだ心臓が落ち着かない。
脈打つ音が今にも聞こえてきそうなほど、その動きは性急である。
山川はというと、その端正な顔をわずかに歪ませていた。
「あいつは馬鹿だ」
その声には苦渋が滲み、不倫の当事者たる美都子よりも苦しげだった。
この場にふさわしい言葉が見つからず、二人ともただひたすら沈黙を守る。
「……見なかったことにします」
しばらくして、美都子が苦し気に吐き捨てた。
普段の涼やかな顔は苦悶に歪み、今にも両目から涙が零れ落ちそうではあるが、それでも彼女は冷静であった。
「離縁も難しいでしょうし、どうにもなりませんわ。正直裏切られた気分ですし、すぐに割り切るのは難しいですが……」
「外でも同じことが言えますか?」
思わず顔を上げてしまい、美都子はこちらを見ようとしない山川を凝視した。
「あなたは華族です。夫の裏切りを目にしても、社交の場では何事もなかったかのように振る舞わなければならない。それが出来ますか?」
「……出来る出来ないの問題ではなく、出来なければいけないのよ」
声が頼りなく震えたその瞬間、とうとう美都子の涙腺は決壊した。
一粒、二粒と涙が流れたあと、さらに止めどなく落涙する。
まさに茫然自失といった風情のその姿に、山川は苦虫を噛み潰したような表情を隠さなかった。
怒っているようにも見えた彼は、袂からハンカチを出すと、美都子の目元にあてた。
「何か辛いことがあれば、いつでもここに来てください。私でよろしければ、話し相手になりましょう」
今のあなたは、とても見ていられない。
静かな声が、部屋にこだまする。
返事をしようにも声が出せず、美都子はただ無言で頷いた。