その愛の終わりに


帰路につく間の記憶は、非常にあやふやなものであった。

屋敷に帰った後も人払いをし、美都子は思う存分一人の時間を堪能した。

女中に訝しげな目で見られようと、義直に勘づかれようと、もはやどうでもよかった。

だから、今夜は一人で寝たいと義直に伝えるよう古参の女中に言うことにも、躊躇いはなかった。


「奥様、旦那様は明日にはまた日本を離れてしまうのですよ。今夜一晩くらい、我慢なさいませ」

「今回は短い出張じゃない。二ヶ月もすれば帰ってくるのだから、今夜無理をする必要なんかないはずよ」

「しかし……」


いつになく冷淡な美都子の態度に、女中は混乱していた。

美都子がこうして頑なに褥を拒否したのは、今日が初めてである。

なぜこのような態度を取るのか、心当たりがまったくない女中は困り果てた。


「旦那様には具合が悪いから今夜の同衾は無理だと伝えてちょうだい。私は自室で寝るわ」


返事を待たずに自室に向かおうとしたその時、廊下の曲がり角から聞き慣れた声が響いた。


「どうやら、我が麗しの妻はご機嫌斜めらしい」


柔和な微笑みを湛えながら、芝居がかった口調でからかわれるも、美都子はゆっくり視線を上げた。

迷った末、離縁はしないと決めたものの、もう二度と信用することはないであろう夫を、白けた目で見上げる。

そんな美都子の変化に気づいたのか、義直は微笑みを引っ込めると女中を下がらせた。


「どうやら本格的に機嫌が悪いようだな。何が気に入らないんだ?」

「別に。お気になさらず」


とりつく島もないその返事から、義直は美都子の冷たい態度の原因は自分なのだと、瞬時に察した。

何か気に入らないことがあれば、普段ならそれとなく伝えてくれるが、態度を硬化させて口をつぐんでいるあたり、きっと自分が原因だろう。

そこまで頭が働いてからは、ざっと記憶を辿った。


「そういえば、誕生日から様子がおかしかったな。何か気に入らないところがあるのなら、言ってくれ。極力治すようにする」


義直なりに考えた上での発言であったが、その言葉は美都子の怒りの導火線に触れた。

美都子の奥二重の双眼は、つまらないものを見る目から、怒りに燃える目へと変わっていく。

地雷を踏んだと即座に気づくも時すでに遅く、美都子の怒りを乗せた声が義直の耳にきつく響いた。


「女癖の悪さはどうにもならないんじゃないかしら?」


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