その愛の終わりに
義直が廊下で呆然としている頃、美都子もまた自室にて終わりを予感していた。
とうとう、言ってしまった。
戻れないところにまで来てしまった。
そうは思うものの、不思議と後悔はない。
鏡に映る自分はなんとも言えない様相であった。
「これで良かったのかもしれないわね……」
これから先、義直に抱かれることはもうないであろう。
もしかしたら離縁することになるのかもしれない。
それでも、一抹の清々しさが美都子の胸に生まれていた。
ふと、社交界に出ても何事もなかったかのように振る舞えるのか、という山川の言葉を思い出す。
「知ったこっちゃないわ、そんなの」
例え離縁出来なかったとしても、周囲の視線などもはやどうでもよかった。
実家には多大な迷惑をかけてしまうのも、よくしてくれた義母を落胆させてしまうのもわかっている。
しかし、それらはすべて義直自身が招いたことだ。
翌日の朝、使用人達が義直を送り出している間、美都子は自室を物色した。
そして、義直に与えられたものの中でも持ち運びやすいものを選び、風呂敷に包みはじめた。
手持ちの現金を数えれば、実家の横浜まで難なく行けることに気づき、支度をする手が早まる。
荷物をまとめ終えたその時、自室のドアが激しくノックされた。
美都子が返事をする前にドアは開き、女中達がなだれ込んできた。
その先頭に立つのは、この屋敷の中でも古参の女中頭のお雪である。
「奥様、どちらへ行かれるおつもりですか?」
咎めるというよりも、懇願するような声音で、お雪は問いかける。
よく見れば、押し寄せてきた女中達の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「旦那様の行いは決して褒められたものではありません。しかし、屋敷を出ていくほどの理由になりますか?奥様がいなくなってしまったら、誰が大奥様から私どもを庇ってくださるのです?」
気性の荒い東雲家の大奥をうまく御せる存在として、美都子は屋敷内では使用人達から絶大な信頼を得ていた。
その義母は明後日の昼に屋敷に戻ってくる予定である。
旅行から帰ってきたら気にいっていた嫁が忽然と姿を消していた。
もしそうなれば、その怒りの矛先は美都子よりも美都子を止められなかった使用人達に向かうだろう。
「後生でございます!どうか、どうかお留まりくださいませ……!」
女中達の必死の懇願に、美都子はただ立ち尽くした。
義直の帰りを待つなど、到底出来ない。
しかし、嫁いでから今までよくしてくれた女中達を見捨てることも出来ない。
答えが出なかった。
しばらくの沈黙の末、美都子が選んだのは保留という答えであった。
「今日一日出かけます。明日の昼には帰ってくるわ。
大奥様のことは心配しなくてもいいから、だから……」
まとめはじめていた荷物をほどきながら、美都子は女中達から目を逸らした。
胸には真っ黒い何かが燻り、ただ居心地が悪い。
「今日だけは好きにさせて。明日にはちゃんといつも通りの生活をするから」
やっとの思いで言葉を捻りだし、美都子は最低限の荷物をまとめた。
そのまま徒歩でどこかへ出かけようとしたのだが、やんごとない身分の婦人が徒歩で出かけるのは外聞が悪いとお雪に泣きつかれ、美都子は渋々車を出してもらった。
家出すらまともに出来ないというのは間抜けにも程がある。