その愛の終わりに
(確かにお美しい方だけど…………変に意識してはダメよ、美都子)
放っておいたら、視線が山川を追ってしまいそうで、そんな自分を美都子は叱咤する。
物珍しさで人様をじろじろ見るなど、まるで子供のやることだ。
「あちらで何か本を読まれることはありましたか?」
ようやく見つかった話題に、山川は少し遅れて食いついた。
「現地の書物ということでしょうか?」
「ええ。ゲーテやハイネの詩が有名でしょう?」
「ドイツ文学にあまり興味がないので、残念ながらまったく……」
「本はお嫌いですの?」
「いえ、むしろ好きです。フランス文学やロシア文学ならよく読みますね」
「まあ!私も昨日ロシア文学を読みましたわ!ツェルゲーネフの初恋はご存知?」
まくし立てるようにしゃべっている自分に気づいた瞬間、美都子の顔は赤く茹であがった。
興奮のあまり詰め寄るなど、淑女にあるまじきはしたなさだ。
「失礼いたしました。はしゃぎすぎましたわ」
今日一日で一体どれくらい粗相をしたことか。
山川を前にするとどうも調子が狂う自分に、美都子は内心戸惑った。
「文学がお好きなんですね」
ふと山川を見ると、彼は淡く微笑んでいた。
急に見せたその優しげな目元に、美都子の視線はきつく縫い止められる。
息が出来なかった。
いきなり速くなった鼓動は喉元を詰まらせる。
「ええ、好きですわ」
普段は誰を相手にしても饒舌な自分が、たった一言を捻り出すだけで限界だなんて。
これはどういうことか。
指先にじんわりと広がる熱を感じながら、美都子は山川から目を逸らした。
「奥様とは趣味が合いそうだ。今度お邪魔する時は、私一押しの本を持参いたします」
「それは……ぜひともお願いいたします。今から楽しみですわ」
初対面でじろじろ見たことは帳消しになったのか、お世辞にしてはずいぶん熱のこもった山川の言葉に、また体が熱くなる。
黒塗りの車が門を通りすぎたのを窓越しに見て、美都子は内心ほっとした。
「夫が帰って参りましたわ」
ごゆっくりと言い残し、美都子はなるべくしずしずと応接間を下がった。
これで、山川と二人にならなくて済む。
人を緊張させる彼の美貌に、些か美都子は疲れが出たのであった。