その愛の終わりに
メインディッシュに入るまで、義直は厠から戻ってこなかった。
その間に、山川はさまざまな話題を美都子にふった。
新しく出来た百貨店や洋菓子屋、最近評判のサーカスがやってきたこと。
いかにも女性が好みそうな話題ではあるが、美都子はわずかに物足りなさを感じていた。
この手の話しは、女中や友達からいくらでも聞くことが出来る。
美都子は、山川の仕事の話しが聞きたかった。
メインの鹿肉のステーキが運ばれてきた時に、正直にそう吐露すると、山川は一瞬驚いたように目を見開き、そして面白そうに美都子を凝視した。
「私の仕事の話しと言いますと、例えばどんなことをお聞きになりたいのです?」
「そうですわね……」
軽く思案するそぶりを見せて、美都子はつらつらと希望を述べる。
「まず、何をご専門とされていらっしゃるのか。一口にお医者様とおっしゃっても、産科や内科など種類は分かれますでしょう?」
「これは、ざっくりし過ぎた説明で申し訳なかった。私の専門は内科です、奥様」
「まあ、それなら私が病気をした時なんかも気軽にかかれますわね」
「ええ、いつでもいらしてください。診察料、特別にまけておきますよ」
茶目っ気たっぷりに笑う山川につられ、美都子が再び微笑んだその時、食堂の扉が開いた。
咄嗟に視線だけ扉へと向けると、満身創痍の体で佇む義直の姿をとらえる。
「まああなた!今頃いらしても、あとはデザートと、食後の珈琲とプティ・フールだけですわよ」
呆れたような様子の美都子を気にとめず、義直はズルズルと椅子に崩れ落ちた。
「だろうな。山川、明日にでも診てくれないか?どうにも腹の調子が悪い」
「俺はかまわんが……明日は貴重な休日だろう?奥様の相手をしなくて良いのか?」
控え目に申し出る山川のその一言で、食堂は水を打ったような静けさに包まれた。
特に意味もなく珈琲を口に運び続けながら、美都子は目を伏せ、内心の驚きを隠した。
(明日のことなんて考えていなかったわ……)
心配してくれた山川には申し訳ないが、チラリとも頭をよぎらなかった。
そしてそれは、おそらく夫も一緒であろう。
美都子よりもわかりやすく、実に気まずそうに珈琲を飲み下している。
「構いませんわ。肉体という大事な資本を損なっては、お仕事に響きますもの。なら、私は明日は銀座にでも行こうかしら」