嘘から始まる運命の恋
 あのときもしピアノを続けていたら、今はピアノに関係する仕事をしてたんじゃないか。

 そう思うと今でもほんの少し切なくなる。大切なものを投げ出してしまったような、捨ててしまったような、後悔してもどうにもならないことに対する苦い気持ち。それを紛らわせようと、カクテルを飲み干した。頭も顔も熱くなって、切ない気持ちが和らぐ。でも、もう少し飲みたくて、カウンターの向こうの店員さんにソルティ・ドッグを注文した。

「お待たせしました」

 カウンターに置かれたグラスに口をつける。グラスの縁にぐるりと塗られた塩がしょっぱくて、今の気分にぴったりだ。

 私が黙って飲んでいるからか、カイが口を開いた。

「今は?」
「え?」

 何の話をしてたっけ、とカイの方を見た。

「今は、好き?」

 そう訊いたカイの鳶色の目が予想外にやさしくて、ドキッとしてしまう。

「す、好きって?」
「ピアノ。今は好き?」

 ああ、びっくりした。ピアノの話か。

 私は一度深呼吸をして答える。

「うん、今は好き」
「高校のときにピアノから離れたから、そう思えるようになったんだよね?」
< 34 / 89 >

この作品をシェア

pagetop