キスは目覚めの5秒後に

橘さんはデスクにいなくて、どこかに出掛けているようだ。


「お礼を言おうと思ったけど・・・」


言葉で言えなければ仕事で返す。

翻訳作業に打ち込み始めると、言葉がスムーズに出てくる事に気が付いた。

ストレスを解消したおかげなのか。

スウェーデン語でたくさん会話したのも効いてるのかもしれない。

一通り翻訳し終わって見直しをしていると、横に人が立った気配がした。


「ミヤコ、今いいかい?」

「はい、何でしょうか?」


マウスから手を離して見上げると、爽やか笑顔の男子社員が立っていた。


「ルドルフ、さん」

「今日は、金曜日だろう。ミヤコとゆっくり話ができるよ。今夜時間はあるかい?」

「ありません。あっても、脚が痛むから止めておくわ」

「あー、その脚はいつ治るの?」

「わからないわ」

「そう、じゃ、また声をかけるよ」


残念そうに肩をすくめて、ルドルフはデスクに戻っていく。


女子会でみんなが言っていた。彼はすごくテクニシャンでイイ男だけど、特定の彼女を作らないと。

テクニシャンって分かるってことは、みんな一度はベッドを共にしたってことだ。

ルドルフは日本人の私が珍しくて声をかけてくるのだろうけど、結構しつこいかもしれない。


「気をつけなきゃ」

「そうだな。十分気をつけろ」


突然、頭の上から低い声が降ってきた。

びっくりしてドキドキする胸を押さえつつ見上げると、橘さんが立っていた。


「・・・いつからいたんですか」

「つい、今だ。男を見てる暇はないぞ。訳はできたのか?」

「見てませんよ!訳は今最終の見直し段階です。もう少しでお渡しできます」

「ああ、待ってるよ」


悩んでいた注釈も入れ込んだし、これで大丈夫なはずだ。

見直しを終え、USBメモリにデータを入れて橘さんに渡した。

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