恋は死なない。



気分がいいはずもないが、今の佳音は、ただ単に気分が悪いと形容できるような状態でもなかった。
それでも、首を横に振り、頭を下げる。


「いえ、大丈夫です。少しぼんやりしてました。ありがとうございました」


きちんと受け答えをした佳音に、初老の女性も安心したらしく、薄く笑ってその場を離れて行く。
その後ろ姿を見送って、佳音は自分がしようとしていたことを改めて省みる。

今度はそんな自分が情けなくなって、涙がこぼれた。


『弟が死んで…人が死ぬことの意味を、お前は誰よりも知っているはずだ』


佳音の頭の中に、優しい響きを伴ってその言葉が浮かび上がってくる。それはかつて高校生だったころ、恋い慕っていた古庄が語ってくれた言葉だった。

古庄の言うとおり、佳音は何度も、弟が死んでしまったこと、そして残された自分が生きている意味を考えた。
佳音と同じく、兄を亡くす経験をした和寿も、きっと同じように考えたに違いない。その和寿が、佳音が“自殺”をした知らせを聞いたら、どう思うだろう。


『お前が死ねば、……他の誰かの心にずっと消えない後悔を残すんだ』


また古庄の声が、佳音の頭の中で響き渡った。
今、自分が自殺なんてしてしまったら、きっと和寿は一生自分を責めて、心を病ませてしまうだろう。


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