恋は死なない。
「……すみません。調子に乗ってしまって……。でも、これでしばらくは、しつこくされなくなると思います」
「あ……」
和寿の言動の真意がやっと分かって、佳音はか細い声をあげた。
確かに、和寿を“彼氏”ということにしておけば、謙次もあきらめて姿を見せなくなるだろう。
「……いいえ、助けていただいて、ありがとうございます」
深々と頭を下げながら、和寿の放った『僕の彼女』という言葉がまだ佳音の耳の奥で響いていて、ドキドキと胸の鼓動が大きくなってくる。
和寿の言ったことは、自分を助けてくれるための狂言。それは分かっていたけれど、佳音は動転して体がかすかに震えているのを感じていた。
「あの……、僕ここに、ジャケットを忘れていませんでしたか?」
気を取り直すように、和寿が本題を持ち出して、佳音も現実に引き戻される。
「ああ、お忘れでした。ちょっと、待っててください」
佳音はダイニングへ走り、壁に掛けてあったジャケットを手に戻ってきた。
「ありがとうございます」
と、和寿の方も頭を下げて、それを受け取る。
和寿の用事はこれで済んだ。これで、心置きなく帰れるはずだった。
顔を上げた和寿は、佳音と目が合うとほのかに笑いかけてくれた。その余韻の漂うような眼差しに、佳音も心が残ってしまう。