雨のようなひとだった。

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 トン、トン、トン。
 トントントン。

 アパートの階段をのぼる俺の後ろから歩幅の狭い彼女の足音が少し遅れて聞こえてくることに、ひと月半経っても慣れないので時々振り返って姿を確認してしまう。
 それに気づいた彼女が顔をあげて目が合うと、ふっとほどけるような微笑みを返してくれる。
 喫茶店での仕事を迎えに行く日以外は一緒に帰宅することはないと言っていい。
 だからこそ照れ臭いし、嬉しいし、―――胸のどこかがちくりと痛む。

「ただいまー」
「おじゃ……ただいま、です」

 誰もいない部屋へ向かって繰り返してきた言葉を彼女と共に言える日が来るだなんて、未だに信じられない気持ちでいっぱいだ。
 パチンと廊下の電気を点けて俺がのしのしと奥のリビングまで進み、振り返ってからようやく彼女が玄関で靴を脱ぐ。
 入ってもいいのか、自分は本当にここにいていいのかとどこか迷うような素振りはいつもしていた。
 当然と言えば当然だろう。
 マスターとは違って親戚でも何でもない男の家に同居するというのは、普通の感覚ならば当惑する。

 俺と彼女は、恋人でもないのだから。 


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