雨のようなひとだった。
 閉店間際で誰も居ない店内、ラストオーダーに間に合うかと賭けのように扉を開けたらそんな状況。
 行きつけだったこともあり特に不愉快だったとかではなく、普段温厚なマスターと彼女が押し問答をしているというただただ驚いて開けたばかりのドアを閉めて外へ戻ろうとしてしまったくらいだ。
 もちろんすぐに気付いたふたりはハッとして俺を見るなり揃って頭を下げ、

『いらっしゃいませ。申し訳ありませんお見苦しいところを…』
『いらっしゃいませ』

 これまた揃って俺を迎えた。
 俺はといえば、その時すでに聞いてしまった会話の内容の事で頭がいっぱいになっていたように思う。
 ちらついたのは、あの夜の涙。

 彼女が店の上で暮らしていたことはあの雨の夜の翌日には判明していたから、何があってもここに来れば彼女に会えると思っていた。
 でももし、住む場所が変わったら?
 あの夜のようにひとりで泣いている姿を、他の誰かが見つけたとしたら?

 そこまで考えたら、口をついて出た。

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