雨のようなひとだった。
キシ、と廊下が軋んでドアから離れる音がした。
俺は未だベッドに身体を伏せて動き出そうとする手足を、必死に理性で止めている。
「……おやすみなさい」
少し遅れて、涼やかな声が遠ざかっていった。
本当は今すぐ身体を起こしてドアを開けてしまいたい。
おそらく、彼女は俺が寝てなんかいないことに気が付いている。そうでなければ「おやすみ」だなんて言葉を残していくはずがない。
全てを見抜かれているようで居心地が悪いながらも、知られていることで気が楽なのも確かだ。
憎からず想っていなければ、男が女に対して同居なんて言いだすはずもない。
それを知った上で了承した彼女が何を思ったのかはわかるはずもないが、いつ間違いが起こってもおかしくはない危うい糸の上を渡っていることにも気が付いていた。
だから今夜、彼女が俺の部屋を訪ねた意図はわからずとも、それなりの覚悟を持ってのはずだということくらい―――わかっている。