性悪女子のツミとバツ
「政略結婚だけど、私は彼の事が好きだった。でも、婚約までしても、どこか彼は煮え切らない態度で、もしかしたら急に心変わりするかもと思って、不安だったわ。」
恋は人を幸せにさせるだけでなく、不安にも陥れる。
愛おしい人を信じ切れなかった彼女の気持ちには、私も身に覚えがあった。
「ホントはね、彼があなたをマンションに連れ込んだところに乗り込むはずだったのよ。でも、調べさせたら、いつまで経っても食事に行くだけの関係なんですもの。痺れを切らしてあなたの会社に乗り込んじゃったわ。」
まるで、些細な悪戯を告白するみたいに、へへっと舌でも出しそうな雰囲気だ。
あの時の、鬼気迫る表情からは想像できない真相だった。
「世間知らずな社長令嬢が、嫉妬に狂った末の修羅場を演じて。会社も巻き込んだ騒ぎになれば、彼はもう逃げられないと思った。」
あの時の彼女の全てが演技だったとは思わないけれど、ある程度は計算づくでやったことだったという訳だ。
真相を聞いて、憤るどころか、私はむしろ肩の力が抜けた気がした。
やはり、あの時の罪悪感は確かにまだ私の中のどこかで眠っているのだ。
「結果、私はめでたく彼と結婚して、幸せに暮らしてるってわけ。その節は、悪かったわね。痛くなかった?」
「まあ、叩かれても仕方ないことをしたのは事実ですから。」
「そうよ。知ってて人のものに手を出したんだから当たり前よね。」
「どうして私が婚約を知ってたと?」
「だって、あなたに教えるように知り合いに頼んだのは、私だもの。」
あの時、聞いてもないのに顔見知り程度の同僚から「彼は婚約してるのに、女癖が悪いから気をつけて」と忠告されたのを思い出す。
「痛かったです。丸一日腫れました。」
「そりゃ、思いっきりやったもの。」
「酷いですね、自分で仕向けたくせに。」
「でも、あなた、彼のこと本気で好きじゃなかったでしょう?だから、余計にムカついたのよ。」
「そんなこと……分かりましたか?」
「ええ、金持ちの男捕まえてやろうって魂胆が見え見えだったわ。思い出すだけでも、ムカつくわね。」
確かにその通りだろうと思う。
好きな人が、あんな打算的で不純な動機で誘惑されていたら、誰でも怒りを覚えると思う。
私は改めて彼女に向き直る。
「その節は、申し訳ありませんでした。」
「いいえ、こちらこそ。」
丁寧に頭を下げて謝ってみれば、相手もにこやかな笑みでそれに応えた。