グリッタリング・グリーン
そうだ、今なら聞いてもらうのにちょうどいい。

なのに葉さんはきょとんと振り返って、首をかしげた。



「なんの?」

「………」



えええ…。

そう来られると、どう切り出したものかわからず、立ちすくんでしまう。

そんな私に葉さんは手を振って、お大事にねと微笑んでドアの向こうへ消えた。


玄関に突っ立ったまま、こみあげる理不尽な思いに、片づけようとしていたスリッパを握りしめる。

いつか返事ちょうだいって言ってたじゃないか。

その約束自体を思い出してもらうところから始めないとダメなの?


何それ。

全然糸口がつかめない。


もしかして葉さんて、忘れっぽいんだろうか。

その時々で思ったことをそのまま口にするあまり、言ったそばから忘れてっちゃうんだろうか。


あり得る。


行き場のない怒りがふつふつと沸いてきて、スリッパをドアに向かって振りかざした時、そのドアが開いた。



「言ったっけ」

「はいっ、何をでしょう」



ひょいと顔をのぞかせた葉さんが、慌ててスリッパをうしろ手に隠した私を見て、面白がるように眉を上げる。

並べた靴をまたぐように入ってくると、目の前までやってきて、ぐいと私の腕を引いた。


何かが迫る気配に、思わず目をつぶった。

口元に毛羽立った、むずむずする感触がぶつかってくる。



「こいつ、もらってくね」

「…あ!」



葉さんが私に押しつけたのは、黒猫のぬいぐるみの鼻面だった。

バレンタインの時、渡せなかった、あれだ。

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