グリッタリング・グリーン
いつの間に!

必死に奪い返そうとする私の手から、軽々と逃げて葉さんが笑う。


嘘、やだ、やだ。


なんでこんなに恥ずかしいのかっていうと。

今、猫が着ているのは、葉さんに見立てて私が作った、黒いTシャツとダウンとジーンズだからだ。


片づけてなかったんだ!



「“返事”、俺は忘れてないよ」



火を噴きそうなほど顔が熱い。

涙出てきた。

楽しげな笑みを浮かべて、うしろ向きにドアのほうへ戻りながら、葉さんが左手をポケットに入れた。



「ただ、こんな半端なタイミングで、靴紐結びながら聞く気はないよってだけ」



背中でドアを押して、まるでついでのように肩をすくめて訊いてくる。



「いい返事なんでしょ?」



そうですけど、と答えかけて、そこまで教えてしまったらもはや返事の意味がないと気づいた。

何も言えなくなって口を開けたり閉じたりする私を、あはは! と葉さんは本当に楽しそうに笑って。

見せつけるように、猫の鼻に親しげなキスをしてみせると、さっと消えてしまった。



またしてもとり残されて、悔しくて悔しくて、今度こそスリッパをドアに投げつけた。

また負けた!

しかも、ハードルを上げるだけ上げられた。


どうしよう。

これはもう、今後、どう思いつきで返事をしたところで、絶対聞いてもらえないに違いない。

ちゃんと、それっぽい場をつくらないとダメってことだ。


自分は電話だったくせに!



恥ずかしいのと悔しいのと、途方に暮れたのとで。

気がついたら、すっかり具合の悪さが消し飛んでいた。



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