グリッタリング・グリーン
父子のやりとりから、仲がよくないことは察しがついていたので、冷ややかな反応も意外ではない。

仲がよくないというより、息子のほうが父親を毛嫌いしている感じだ。

まあ、あのキャラなら仕方ないかも、と思わないでもない。


展覧会がいよいよ目前に迫った今日、ここベルギーに集まりはじめた関係者たちに声をかけて、前祝いのささやかなパーティを行ったのだ。

未成年である葉を借りる上での礼儀と、日本の保護者にも案内状を送った。

契約の際にも、葉が自分の保護者だと指名したのは母親だったので、今回も当然、彼女宛に用意した。


参加するともしないとも返事のないまま、突然パーティ会場に、葉の父親と名乗る人物が現れたのだ。

それは少なくとも日本でこの業界にいれば、知らない人はいない男だった。



「ああいう人とも仕事してみたいわ」

「親父はもう、ギャラリーの仕事はほとんどしてないよ」

「わかってる」



キュレーターの仕事は面白いが、やはり狭い。

美術やアートに興味が深い人としか繋がれない。

世界はもっと、広大で多彩であるはずなのに。


ちょうどそんなことを考えていた頃だった。



(おかげでこんな出会いも、あったんだけどね)



初対面の多い場で気を張っていたのか、葉は背もたれに身を投げ出して、ふうと息をついている。

無理もない、彼以外に10代のアーティストはいなかった。



「くたびれた?」

「ちょっとね」

「飲み直す? 裏にこっそりシャンパンを置いてあるのよ」

「不良キュレーターだなあ」



いらないとは言われなかったので、私はスタッフルームに行き、こんなこともあろうかと冷蔵庫の奥に隠しておいたボトルを引っ張り出した。

そこで、あらまと気がついた。

グラスがない。


さてどうしようかしら、と展示場に戻ると、葉は椅子に腰かけて脚を組み、ぼんやりと壁を見ていた。

その場所は、彼の作品が飾られる予定だ。

これまで描き溜めたものも、この展示のために描きおろしたものも。


その作品たちは今、日本から輸送され、この建物の保管庫で、大切に寝かされている。

彼の絵は、日本人の色彩感覚は乏しいという欧州人の固定観念を、気持ちよく裏切るだろう。

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