グリッタリング・グリーン
「私に絵心があれば、今あなたをスケッチしてるわ」
葉はゆっくり振り返り、微笑んだ。
「俺はすぐ動いちゃって、モデルには向かないらしいよ」
「問題ないわ、私はまったく描けないから。ねえグラスがなかったの、どうしたらいいと思う?」
「そのまま飲むしかないんじゃない」
ふたりで? と一本きりのボトルを掲げてみせると、葉はちょっとばつが悪そうに口ごもって。
あんたさえよければね、と早口に言った。
「高校生みたいねえ」
「俺、ついこの前まで、実際そうだったし、先どうぞ」
「じゃあ遠慮なく」
甘くてしっとり重いシャンパンは、バニラの香りがする。
祖国の味だわ、と満足すると、ボトルを受け取った葉が、ラベルを確かめた。
「フランス出身?」
「確かちょっとくらいは、そのへんの血が流れていたと思うのよ」
「全然祖国じゃないじゃん」
「じゃあ、あなたの祖国はどこ」
仕事をするうちにわかったけれど、葉は完全なるバイリンガルだ。
私もそうなので、ふたりで会話していて、ふと気がつくと、それまで話していたのが英語か日本語かわからなくなる。
言語がそうだということは、思考や文化も、そうだということだ。
人は自分で意識している以上に、言語を使って考え、言語の背景にある文化に影響されているものだ。
「やっぱり、日本だよ」
「あなたは、言うなればハイブリッドね、両方のいいところを持ち合わせてる」
「そんなに買ってくれてたとはね」
「買ってるわよ」
葉が飲んだあとのボトルは軽く、その無邪気な遠慮のなさが笑いを誘う。
私は口を湿らす程度に留め、再び彼に戻した。
「これで終わってしまうのは、さみしいわ」
葉が一瞬、動きをとめた。
ボトルに口をつけ、考え込むように、ゆっくりとあおる。
飲み終えると、なぜかボトルをよこさずに、両手で抱えた。