恋は天使の寝息のあとに
「……」
「沙菜ちゃん?」

足を止めた私を、由利亜さんは怪訝な表情で覗き込む。

「……由利亜さん、ちょっと心菜お願いしていいですか?」
「え?」
「私、確かめてきます」
「ええ? 沙菜ちゃ……」

私はベビーカーを由利亜さんに押し付けて、ひとり恭弥の住むマンションへと走りだした。

恭弥に彼女? 嘘でしょう?

確かに、私と恭弥の間にはそれほど会話が存在しないから、聞かされていなくても不思議ではないのだが。
それでも女性の影なんて、今まで微塵も感じることがなかったから、寝耳に水とはこのことだ。

だいたい、あのぶっきらぼうで愛想のない恭弥に彼女って。
女性を大切にしている姿が全く想像できないのだけれど。


マンションの入り口をそうっと覗くと、少し奥まったところにあるエレベータホールに二人の姿が見えた。
私は足音を立てず、俊敏に、スパイのごとく、手前にある階段を駆け上り、三階の壁の影に隠れて、エレベータが昇ってくるのを待った。

もしもあれが本当に恭弥なら、ここを通り過ぎるはずだ。

どうか。
あの二人が来ませんように。
何故だかそんなことを祈っていた。

しかし、私の期待は脆くも崩れ去り、徐々に近づいてくる足音。
やがて二つの人影が、私の前を通り過ぎて行く。
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