鬼常務の獲物は私!?
ただ眉をハの字に傾けるだけで、なにも言わない私に、常務も困り顔になる。
「なにか言ってくれないと、なにをしてやればいいのか分からないだろ……」
ドア前で向かい合って立つ私たち。
そっと引き寄せられて、抱きしめられる。
背中を撫でてくれる手が優しくて、私の体調不良を心配する常務の気持ちが伝わってくるようだった。
そんな優しさに包まれると、この腕に愛情があるのではないかと、勘違いしてしまいそうになる。
愛情なんかじゃなく、私は慰み者にすぎないのに……。
これ以上、常務に心を傾けてはいけないと思っているが、それとは逆に、逞しくて温かいこの腕に、身も心もゆだねてしまいたくもなる。
真逆の気持ちに苦しむ私。
自分の心さえ分からなくて、考えれば考えるほどに胸が苦しくなり、逃げ出したくなってしまう。
それで、気づいた時にはスーツの胸もとを強く押していて、拒絶してしまってからハッとした。
「日菜子……?」
神永常務は驚いた後に、睫毛を伏せ、ひどく傷ついた顔をしていた。
私の背中を撫でてくれていた右手は宙を握りしめ、そのまま力なく下される。
それを見て、悪いことをしてしまったと後悔したけれど、苦しさから逃げたい気持ちは変わらず、そのまま常務に背を向けてしまう。
「あの、今日はやっぱり体調が……。
すみません、戻ります」
「分かった。病院に寄ってから帰れよ」
「はい……」
閉めたばかりのドアを開けて廊下に出る。
うつむいたままドアを閉めようとしたら……隙間に神永常務の深い溜息が聞こえたような気がした……。