鬼常務の獲物は私!?
それは多分、他部署の女子社員数人の声。
バレンタインだから恋話でもしているのかと思い、通り過ぎようとしたが、開けっ放しのドアの一歩手前でピタリと足を止めてしまった。
「それ、本当⁉︎」
「うん、だって社長が笑いながら話してるの聞いたもの」
「神永常務の結婚、秒読みかー。
あーあ、社内の独身イケメンが、またひとり減っちゃうよ」
「あんた、まさか狙ってた?」
「そんな身の程知らずじゃないよ。憧れの気持ち……程度?」
手が震えて紙袋がカサカサ音を立てていた。
立聞きなんてよくないと思うけれど、足が床にくっついて動けない。
神永常務に結婚の話が出ているの……?
相手は誰? まさか……。
焦りと苦しさが込み上げ、目が潤んでしまう。
すると、「あれ……誰かいる……?」そんな声がして給湯室からひょっこり顔を覗かせたのは、事業部の29歳の女子社員、宇野さん。
立ち尽くす私を見た宇野さんは、マズイと言いたげな顔をして、私の手を引っ張って給湯室の中に連れ込んだ。