鬼常務の獲物は私!?
じゃあ、私はやっぱり……。
泣きたいのに涙は出なかった。
さっきまで潤んでいた瞳も、今は乾いている。
心に冷たく強い風が吹き抜けた後には、不思議な静寂が訪れた。
「教えてくれてありがとうございました」とお礼を述べて、彼女たちに背を向けようとしたら、引き止められる。
「福原さん、ええと……やけに落ち着いているけど……ショックじゃないの?」
「ショック……だと思うのですが、納得してスッキリもしています」
「スッキリ? え?
福原さんは、常務と付き合っていたんだよね?」
「付き合っていません」
「え⁉︎ だって、常務室に頻繁に呼ばれてるって噂が……」
「私はお付き合いに値する女じゃないので。
初めから変だなと思っていたし、なにもかも間違っていたんです……」
ペコリと頭を下げて、給湯室を出た。
廊下を進み営業部のフロアに足を踏み入れると、ふたつ上の先輩男性社員が笑顔で近づいてくる。
「日菜ちゃん、待ってたよ!」
彼がなにを待っていたのかというと、バレンタインチョコ。
透明の袋に入れてリボンで縛ったチョコチップクッキーを紙袋から取り出して渡し、「いつもありがとうございます」と日頃の感謝を伝えた。