鬼常務の獲物は私!?
廊下ですれ違う人たちに「お疲れ様です」と笑顔を振る舞う。
大丈夫、神永常務の前でもきっと笑顔で別れを告げられる。
「今までありがとうございました」とお礼を言い、にっこり笑って常務室を出た後には、刺激のない平穏な生活に戻れるのだから、なにも悲しいことはない。
そうやって自分に言い聞かせ、階段を一歩一歩踏みしめて上り、5階のフロアに立った。
他の階と違って足音の響かない絨毯敷きの廊下をゆっくりと歩き、常務室の前に着いて扉をノックする。
「どうぞ」と声がしてから静かに開けて中に入ると、常務は机に向かって仕事中だった。
高山さんも比嘉さんも不在で、ふたりきり。
そのことに少しだけホッとする。
比嘉さんに会うのは避けたいところだし、高山さんがいれば、常務の味方をするに決まっているから。
神永常務は机の上のノートパソコンから、ドア前に立つ私へ視線を移し、ふっと表情を緩める。
それから、また画面に視線を戻した。
「溜まっているメールに返事を書いたら、今日の仕事は終わりなんだ。ソファーに座って待っていてくれ。
テーブルの上の物は土産だ。持ち帰ってもいいし、待ちながら今、食べてもいい」