鬼常務の獲物は私!?
言葉遣いは丁寧だが、それは私に手を出すなと言ったも同然の意味なので、驚いた私は彰さんの背中のスーツ生地を思わず掴んでしまった。
商談を円滑に進めるには、断ってはいけないと高山さんに言われているのに、これってマズイのでは……。
彰さんの背中に隠れながら冷汗を流していると、厳しいことを言われたはずの事務長が、なぜか笑い出した。
「なにについて笑っておられるのか、説明していただけますでしょうか」
「これは、失敬。社員のプライベートまで管理するとは、神永さんは随分と厳しい会社のようですな」
「それが我が社の規則ですので」
「そうですか。では、仕事上の関係がなくなれば、私と彼女の恋愛になんの支障もなくなるということで宜しいですね?」
彰さんが小さく呻いて、私は「そんな!」と、後ろで声を上げてしまった。
私が今日ここに来た理由は商談に支障を与えないためなのに、私を理由に商談を打ち切られてしまうなんて本末転倒。話が違いすぎる。
我慢できずに彰さんの陰から身を乗り出し、必死に事務長さんに訴えた。
「それだけはどうか、お許し下さい!
神永常務の後継問題が、この仕事に掛かっているんです」
「福原っ!」
私としては彰さんのためにと思って言ったつもりだったが、それはどうやら余計な言葉だったみたい。
事務長はさっきよりも大きな声で笑い出し、その後に勝利を確信したかのように私たちに告げた。
「後継問題ですか。それは喉から手が出るほどにうちの仕事が欲しいでしょうな。いいでしょう。契約書にサインしますよ」
「え? ほ、本当ですか……?」
「もちろん。日菜子さんが僕と結婚するなら、契約書にサインします。しないのなら、この話はなかったことに。我が身が大切なら、ぜひ頭を下げて日菜子さんに頼んで下さいよ、次期社長さん」