鬼常務の獲物は私!?



そのとき頭の中に流れてきたのは、かつて聞いた彰さんの言葉だった。

忘年会で失態をやらかした挙句に失神し、ホテルの一室で目覚めたあのとき、彰さんと初めて長い会話をした。

『俺にとって社長は、目標であり憧れだ……』

父親に対するそんな想いを、彼は私に話してくれた。

彰さんは社長になりたがっている。
それは実現可能な夢であったはずなのに、ぶち壊したのは、私……。

自分が情けなくて、彼に申し訳なくて、涙が溢れてきた。

どうしたら、この罪が許されるのだろう……。
償う方法は残されていないのだろうか……。

闇の中から這い上がりたくて、自分の心に問いかけると、ひとつだけ方法があることに気づいた。

嫌だけど、ものすごく辛い決断だけれど、私にできることは、それしかないから……。

涙を手の甲で拭いながら、震える声で彰さんに言った。


「私……事務長さんと結婚します……だから彰さんは、社長になる夢を……あっ!」


肩を掴まれ、トイレの壁に強く背中を押し当てられた。

彼の左拳が私の顔横の壁を激しく叩き、右手は私の顎を握るように固定している。

怒りに満ちた眼差しが、射るように私に向けられていた。


「見くびるな。お前を犠牲にしてまで、社長になりたいとは思わない」

「で、でも、私は……」

「黙れ! 俺以外の男と結婚するのは許さん」


形のよい唇が強く押し当てられ、それ以上なにも言わせてもらえなかった。

荒々しいキスに鋭い痛みを感じたのは、下唇に歯を立てられたせい。

反射的に歯を食いしばってしまったら、私も彼の上唇を傷つけてしまった。

傷つけて、傷つけられ……それでも彼は唇を離してくれず、さらに濃く深く交わり、私の口内を犯し続ける。

私の血と、彼の血。ふたり分の血を味わいながら、涙が溢れて止まらなかった。


さっきは事務長と結婚すると言ってみたけれど……本当はダメだと言われることを心の奥で期待していた。

望み通りに止めてくれた彼の気持ちに、不謹慎にも喜んでしまう。

知らなかった……私って、こんなにズルイ女だったとは……。

彼の夢を壊した最悪な女なのに、この愛を失いたくないと思ってしまう。

彰さん、ごめんなさい……。
迷惑をかけても、私はあなたと一緒に生きていきたい……。


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