鬼常務の獲物は私!?



「有名シェフよりも、お前の料理が好きだ。優しくて幸せな味がするからな。
これからもずっと、俺の側で俺のためだけに料理を作ってくれ」


まるでプロポーズみたいな言葉をもらってしまい、胸がいっぱいになって、嬉し涙が溢れてくる。

コクコクと何度も頷く私の顔は、さっきから泣きっ放しで、涙でぐしょぐしょ。

「化粧が剥げてるぞ」と彼は笑い、自宅で私が洗ってアイロンをかけたハンカチを出して、少し乱暴に顔を拭いてくれた。


私の涙が収まるのを待ってから、彰さんがトイレの個室の鍵を開けた。

「さて、商談を終わらせてくるか」

吹っ切れたような清々しい声で言われても、私の心にはまた痛みが走ってしまう。

彰さんの決断には従うつもりだし、私にとっては嬉しいことでもあるけれど、やっぱり夢を壊してしまったことへの罪悪感は、今後しばらく引きずりそうな気がする……。

彰さんが先に個室を出て、私もその後ろに続いた。

すると二歩目で彼が急に立ち止まるから、スーツの背中にドンと顔面をぶつけてしまう。

「彰さん……?」と呼びかけても、返事をしてくれない。

どうしたのだろうと思い、彼の陰から顔だけ覗かせると、トイレの入口に立つ理事長先生と目が合ってしまった。

慌てて出した顔を引っ込め、彰さんの背中に隠れたがもう遅く、今日何度目かの「どうしよう……」という状況に落とされてしまった。

男子トイレの個室で何をやっていたのかと、非難されてしまうだろうか……。

いつからそこに立っていたのか分からないが、もしや恥ずかしい会話まで聞かれてしまっていたりして……。

聞かれたとするなら、私たちの関係がバレてしまったことだろう。

息子の気持ちを弄んだのかと、言われてしまうだろうか……? そんなつもりはなかったのだけれど……。

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