鬼常務の獲物は私!?
諦めたばかりの彼の夢が、手もとに戻ってきた。
「あ……彰さん!」
驚きと喜びの混ざった声で呼びかけ、彼の腕にしがみついた。
彼は呆然として理事長先生を見つめていたが、やがて泣き出したいのを堪えるかのように顔をしかめ、深々と頭を下げ「感謝致します」と心からのお礼の言葉を述べていた。
私の心も感謝の気持ちでいっぱいで、理事長先生の背景に後光が差して見えている。
息子さんのことは好きになれないが、理事長先生には好意と尊敬の念を感じる。
嬉しさとありがたさで、思わずトイレの中で駆け出し、恰幅のよい体に抱きついてしまった。
「ありがとうございます……本当にありがとうございます……」
涙を流して何度もお礼を言うと、今までたくさんの患者を治療してきたシワの寄った手が、私の背中を優しくトントンと叩いてくれた。
「神永くんは誠実で優秀な男だ。
お嬢さん、幸せにしてもらいなさい」
「はい……」
「懐かしいな……私も妻と一緒になる時には、一波乱あったのだよ……。
妻に似ている君の縁者になれんのは残念だが、仕方ない。たまに神永くんとふたりで、老人の食事に付き合ってくれ。3人で楽しく美味いものを食べようじゃないか」
3人でということは、事務長抜きでということで、それならば大歓迎だ。
理事長先生にはまたお会いしたいと、心から思うもの。
抱きついたままで顔だけ少し離し「私、理事長先生のことが大好きです!」と力一杯言ってしまうと、後ろに「お、おい、日菜子……」と戸惑う彰さんの声がした。
理事長先生は楽しそうに声を上げて笑ってから、「さあ、神永くん、契約書にサインしようか」と言ってくれた。