鬼常務の獲物は私!?
その後、泣きすぎて目が腫れぼったい私はお座敷に戻ることはなく、比嘉さんと一緒にタクシーで帰された。
行きと違い喜びと安堵感に包まれた帰りの車内は、混み合う道路で制限速度未満のノロノロ走行でも、心地よく感じた。
比嘉さんに事の顛末を説明すると、彼女もホッと息を吐き出していたのだが、すぐに「まだ気を抜かないで下さいね」と注意を与えられた。
「え? どうしてですか?
契約書にはサインをもらえましたし、事務長さんにはきつく叱っておくと、理事長先生が言ってましたけど……」
全ての問題がいい方向に解決したはずなのに、どうして気を抜いてはいけないのかと首を傾げた。
すると眼鏡の奥の知的な瞳が、のんきな私の代わりに先を読んで教えてくれた。
「今回、理事長先生の意向を無視して、生田目事務長が勝手に卑怯な取引を持ちかけたんですよね?」
「そうですけど……」
「ということは、上司である親のいうことを忠実に守る人ではないということです。
福原さんのことを諦めきれず、勝手に行動する可能性もありますので、気をつけて下さい」
なるほどと、比嘉さんの言葉に納得し、勝手な行動とは一体どんなことだろうと考えた。
待ち伏せされたり、メールが届いたりするのだろうか……。
メールが来たら彰さんにすぐに相談して、外を歩く際はぼんやりしないように気をつけよう……。
心配してくれる比嘉さんに「分かりました」と真面目な顔を向けたが、すぐに心は温かな幸福感に覆われて、頰が緩んでしまった。
帰ったらすぐに買い物に行かなくちゃ。
彰さんのリクエストのサバの味噌煮は時間をかけてコトコトと。肉じゃがも、早めに作った方が味がしみて美味しいし……。
幸せオーラがだだ漏れ状態の私。
「まったく、もう……」という比嘉さんの呆れたような呟きは、耳に聞こえても頭の中まで届いていなかった。