俺様黒王子とニセ恋!?契約
弓道場の玄関先に私を置いて、静川さんは更衣室に着替えに行った。


『今日は部活休みで俺と篤樹が使わせてもらうだけだから、先に道場に入っていいよ』と言われたけれど、一人で先に歩を進める気にはなれない。


道場まで続く長い廊下を見つめる。
その先に篤樹がいるのか、と考えたら、緊張感が湧き上がって来て、足が竦みそうになる。


こうしてこっそり見に来てしまったことは知られたくない。
だから、連れて来てもらうことを静川さんにお願いした時も、篤樹には内緒にして欲しいと告げてあった。


静川さんを待っている間に、バシッと空気を切り裂くような鋭い音が聞こえて来た。
不思議なことはない。
この先の道場で、先に来ているはずの篤樹が、的に向かって矢を放っている音だ。


次の音も間髪入れずに私の耳に届く。
三度聞けば、射位に立つ篤樹の姿が、思い出すまでもなく脳裏に蘇って来た。


ここで静川さんを待っているつもりだったのに、私は無意識に廊下に足を踏み出していた。
こっそり陰から見ていようと思っていたから、静川さんお薦めの『観覧席』に連れて行ってもらうつもりだった。


なのに私は、シュッと弓が矢を放つ音に導かれて、フラフラと中に歩を進めてしまう。


長い廊下を突っ切って、右手の開いたままの引き戸の先に、板張りの床とその先遠く開ける空間が目に飛び込んできた。
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