ドルチェ セグレート
「とりあえず出るか。あ、悪い。もうちょい待って」
 
レジカウンターから出てこようとしたときに、何かを思い出したみたいで厨房へと引き返した。

程なくして戻ってきた神宮司さんの手には、小さめのケーキ箱があった。

「じゃあ行こう」
 
お店の玄関に向かう神宮司さんの後に続いて外に出る。
少しひんやりとした外気に触れ、小さく身震いしてしまう。

もし、あのまま神宮司さんが店内に引き入れてくれてなかったら、さすがに風邪をひいてしまっていたかもしれない。

「どうする? まだ交通機関は大丈夫な時間ではあるけど……家って近くだったっけ? どの辺?」
「えっ? あ、あの、実は……近くではないんです。近いのは職場の方で」
 
肩を窄め、本当のことを白状する。
それを聞いたあとの反応は怖いけど、これ以上嘘を重ねることは出来ない。
迷うことなく、ありのままの事実を伝えた。
 
自宅を教えると、神宮司さんの表情が少し曇る。
顔色を窺う私に、ひとつ溜め息を吐いた。

「それならそうと言ってくれないと。じゃあ、この前も家着いたの遅かっただろ?」
「……すみません」
 
それ以外には、もうなにも言えない。
俯いて沈黙していると、「ふーっ」と力を抜くように漏らした息の音がした。

「送るよ」
 
私を咎めることなく、穏やかな声で、そうひとこと。
神宮司さんの対応に拍子抜けし、ゆっくりと顔を上げて茫然と見つめる。

「でも」
「距離があるから、その間に話したいこと話せるだろうし」
 
遥さんに送るようにと言われたことや、男の人としての責任感で請け負ってくれたのかとは思う。
でも、送りがてら話をしようという主旨のことを言われると、私には受け入れるほか選択肢はなかった。
 
それに、この前の日曜日みたいに向かい合って話をする自信も、正直言ってないし。
こうして歩きながらだと、正面に相手がいるわけではないから、その分少しは落ち着いて自分の気持ちを伝えることが出来そう。

< 67 / 150 >

この作品をシェア

pagetop