キミが欲しい、とキスが言う


「はあっ、は、ば、ば、くん」

「何言ってるか分かんないし。どうしたの、遠足は?」


私より大きな歩幅で、見る見るうちに彼は近づいてきた。肩で息をしている私は、言葉が出ない。ただ訳もなく泣きたいような気持になって、必死にこらえる。


「茜さん? どうした? 浅黄に何かあった?」


たくましい腕が、人込みから守るように私の背中に回される。途端に、通りすがりのサラリーマンが邪魔だとばかりに私にぶつかっていった。

舌打ちをして男をにらんだ彼は、「こっち行こう」と私の肩を掴んだ。私は頷くことで返事をして、彼について裏通りへと入る。表と違って、雑多な飲食店の換気口があるからか、油の匂いが充満している。居心地はよくないけれど、その分人気が少ない。


「どうした? 水かなんか持ってこようか」

「いいわ。それより……」


そこまで言って、言葉が止まってしまった。

なんていえばいいんだろう。
勢いで来てしまったけれど、やっぱり話すとなるとどう言えばいいから分からない。


「茜さん?」

「……ごめん。なんていえばいいのか分からない」


頭を抱える私を見て、馬場くんは笑いだした。


「なんだよ。いつもはひとりで話すくせに」

「どうでもいいことはそりゃ話せるけど」

「じゃあどうでもよくない話をしに来たってこと?」


私が頷くと、彼は私の隣に並ぶようにして壁によりかかった。


「じゃあ俺の質問に答えてよ。そもそも、俺に会いに来たの?」

「そうよ」

「浅黄に何かあった?」

「それは、……違う。いや、浅黄も関係はあるわ」

「でも緊迫はしてないんだな? 電話じゃなくて自分で来たってことは」


馬場くんこそ、普段は無口な割に、こういう感じならたくさん話すんだな。
一つ一つに答えているうちに、私の中にも少し考える余裕が生まれてきた。

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