キミが欲しい、とキスが言う
「馬場くんお仕事は?」
「終わって帰るとこ」
「そう」
「だから、いくらでもゆっくり聞く余裕はあるけど。浅黄はいいの? もう十七時回ってるよ」
「うん。美咲ちゃ……幸太くんのお母さんに頼んであるから」
「じゃあ少し歩く?」
「……そうね」
そのまま人気のない路地裏を駅方向へと歩いた。
馬場くんはさりげなく、私の荷物を持ってくれる。プールの荷物なんかを入れたまま来てしまったから、それなりに重たかったんだなと、腕が楽になってから気づく。
「さっき、すごい顔してたよ。浅黄が怪我でもしたのかと思って、俺焦った」
「そんなに?」
「うん。ポーカーフェイスの茜さんには珍しいよね」
「私がポーカーフェイス?」
「笑顔のね」
笑うのは、その方が色々突っ込まれないからだ。中途半端な同情なんて欲しくなかったから。
「ところでまた親父さん関係?」
「ううん」
「じゃあ、遠足で嫌な事でも言われた?」
「ううん」
なかなかはっきり言わない私に質問の形で追求してくるけれど、彼の問いかけを待っているだけじゃ、正解にはきっとたどり着かないだろう。
それくらい、今更ダニエルが現れることは思いがけないことだった。
自分から言わなきゃ、伝わらない。そもそも話し合うために来たんじゃないの。
「……浅黄の父親に会ったの」
ようやく口に出したら、馬場くんの動きが止まった。
ぎこちなく、私の方を振り向く。まるでロボットのような固い動きが、彼の驚きの大きさを表しているようだった。