キミが欲しい、とキスが言う
さっきまでの苛立ちがふいにほぐれてくる。
本当の父親が現れたらもう俺はいらないだろう、と突き放されてしまうんじゃないかと怖かった。でも、そうじゃなかった。彼は彼で、別の不安を抱えていたんだ。
「だってさ。もしヨリを戻す気だったら、“ニセの婚約者”にはなす術がないだろ」
「どうでもいい人に、相談しになんて来ないわよ」
「でも……茜さんにとっては俺はたまたま都合いい立ち位置にいただけだし」
やっぱり誤解されたままなんだと、改めて思う。
当たり前か、私はまだ何も伝えてはいない。
離さないぞというように強く込められた力で、彼の気持ちは伝わる。
私はどうするの?
先のことは分からない。
いつか裏切られるかもしれないという不安もある。
でも、信じてみたい。
だってこの人は、私との未来をちゃんと想像してくれたから。
「ニセじゃ太刀打ちできないと思うなら、本物になってよ」
「え?」
信じられる、られないじゃないくて、信じたい。
この人が描く未来を、自分でも描いていきたいと思う。
今まで、想像することさえできなかった自分の未来が、彼と話すたびに輪郭を持つ感覚を信じていたい。
「……馬場くんが好きなの」
彼の喉が鳴った。両腕を掴んで、私を顔を食い入るように見る。
「今、何て言った?」
「浅黄に本当の父親がいいって言われたら困るのよ。私は馬場くんがいいの。過去なんてもういらない。未来がいいの。ねぇお願い、本当の婚約者になって」
「本気?」
馬場くんの瞳に疑念が混じる。一度壊した信頼は簡単には取り戻せないから、疑われるのは仕方ない。
でも、ここで諦めたら、きっともう馬場くんは手に入らない。
彼の頬を捕まえて、自分からキスをする。動きを止めた彼の唇に押し当て、彼の耳や髪、顔の輪郭を確認するように撫でる。
“あなたが好きよ”
どうか伝わりますように。
彼のキスが本気を伝えてきたように、私のキスが、あなたにちゃんと届きますように。