キミが欲しい、とキスが言う
時折、うちのアパートの方を見上げ、うつむいては座り込むその姿は、浅黄のものだ。
「あさ……」
大声で呼ぼうとした口を、馬場くんが抑える。
「しっ、浅黄の様子見ろよ」
「だって」
「あいつ、家に帰れなくて困ってる感じじゃないか?」
確かに、困っているようには見える。アパートの部屋を見上げては、人影を確認してため息をついてうつむく。
こんなところでひざを抱えているのは、ダニエルがそこにいるから……?
「浅黄」
そろそろと近づいて呼びかけると全身をびくつかせて浅黄が振り向いた。目が潤んでいるところを見ると泣いていたのかもしれない。
「お、お母さん」
「どうしたの、こんなところで」
「だって、お母さんいなくて。なのに、あの、あの人があそこにいるし。僕どうしたらいいか分からなくて」
「大丈夫よ、あの人はあなたの……」
「だってまだお母さんから聞いてない。僕、お母さんから聞きたい。お母さんから聞いたことしか信じない!」
目をつぶって、叫ぶように浅黄が言った。
見た目から、彼が浅黄の父親であることは明らかだ。
それでも、浅黄には私だけなんだ。
私はいい母親だとは言えなかった。浅黄のことは好きだけど、同じくらいの割合で憎らしく思ったこともある。怒鳴ったことも一人ぼっちにさせたことも、数えきれない。眠った浅黄を愛おしいと思うことは何度もあったけど、それを言葉にできたことなんてほとんどないだろう。
それでも八年間、浅黄と一緒にいたのは私だ。その年月が、信用を産んだんだ。この子が私の言葉を一番に求めるくらいには。